大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和28年(ワ)565号 判決 1960年3月31日

原告 岡山市海岸漁業協同組合

被告 九蟠村漁業協同組合 外一五名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告操陽村漁業協同組合同沖田漁業協同組合、同三蟠漁業協同組合、同九蟠村漁業協同組合、同岡崎百一、同岡崎明、同岡崎国夫、同藤原多吉、同藤原友春は連帯して金二一八、四〇〇円を、被告津田漁業協同組合、同沖田漁業協同組合、同光政村漁業協同組合、同九蟠村漁業協同組合、同松木利吉、同前田強、同藤原勲、同柴田伊平、同秋山八十二は連帯して金三三九、三〇〇円を、右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告組合、被告組合はいずれも水産業協同組合法に基き設立された漁業協同組合であるが、昭和二七年五月一五日いずれも岡山県知事より、原告組合、被告操陽村漁業協同組合(以下漁業協同組合を組合と略称する。)、被告沖田組合、被告三蟠組合は岡山県上道郡三蟠村大字江並及び操陽村大字倉富の各一部並びに沖田村地先(四番川)につき又原告組合、被告津田組合、被告沖田組合、被告光政村組合は岡山県上道郡沖田村大字沖元、沖田村大字竹田及び光政村地先(五番川)につき、第一種及び第五種の共同漁業免許を受け(免許番号内共第一〇号(四番川)、同内共第一一号(五番川))養魚管理し、その組合員は各関係漁場内で各自漁業を営む権利を有するもの、被告九蟠村組合は共同免許を受けていないが、右両漁場の漁業入札漁場管理等につき利害関係を有するものである。

二、ところで右免許にかかる共同漁業権の行使については、原被告組合間において数十年前から漁業期間、使用漁具、出漁船数等の制限等の申合せがあり、昭和二七年七月初旬頃、その漁業期間が従来毎年七月一日から翌年二月末日までであつたのを、毎年七月一日から翌年一月末日までに改めた外は従前どおりとし、これに基いて共同漁業権が行使されてきたのであるが、原告組合を除く被告六組合において右漁場において漁業を営む権利を行使するものを入落札により定めることに決し、昭和二八年七月六日漁業入札を執行した結果、被告岡崎百一、同岡崎明、同岡崎国夫、同藤原多吉、同藤原友春が共同して四番川につき金二五六、〇〇〇円で、被告松木利吉、同藤原勲、同前田強、同柴田伊平、同秋山八十二が共同して五番川につき、金三八一、〇〇〇円で各落札し、同日から昭和二九年一月末日までの間、原被告組合の組合員が特定の漁業(中打投網漁業、陸四つ手網漁業、うなぎ延縄漁業、船うなぎジユズつり漁業うなぎ撥漁業、しじみ漁業(器具を使用せずして採捕するものを除く)、こいふな船漬漁業、いなぼらつり漁業)を営むことを禁止し、各自己等のみ右漁業を営む権利を得て漁撈をなした。尤も昭和二八年一二月一六日以降は原告組合も岡山地方裁判所昭和二八年(ヨ)第一九〇号第二六四号仮処分申請事件の判決に基き両漁場で漁撈をなした。

三、しかしながら右の如く入落札を行い落札者たる特定人にのみ右両漁場において漁業を営む権利を行使させることは次の理由により違法無効である。

(一)  共同漁業権は公法上の物権であつて一定の水面を利用して営まれるものであるが、このことは関係漁業協同組合が各自漁業権を保有して漁場を管理し組合員に平等に漁業を営ませることを意味している。したがつて本件共同漁業権は被告九蟠村組合を除く被告三組合と原告組合との漁業権が競合するものである。ところで本件入落札は原告組合の共同漁業権に変更をきたす行為であるから、これを適法になすには全組合の同意を要するものと解すべきは民法第二五一条、漁業法第三三条の法意に照らし明かである。しかるに右入落札は原告組合の同意を得ずしてなされたのであるから違法無効である。

(二)  次に漁業法第八条所定の漁業協同組合の組合員にして漁民であるものの漁業を営む権利は、共同漁業権の内容をなし漁民固有の権利であつて、当該漁業協同組合の定款で定める場合、都道府県知事が漁業調整その他公益上必要であると認め、免許するにあたり内水面漁場管理委員会の意見をきいて漁業権に制限又は条件を附する場合、内水面漁場管理委員会が、当該内水面全体の総合利用、漁場調整の立場から水産動植物の採捕の制限禁止、漁業者の数に関する制限、漁場の使用に関する制限等の指示をなす場合を除き他の方法を以て変更制限され得ないものである。しかるに被告等は、かかる制限がないのにかかわらず原告組合の意思に反し、あえて本件入落札をなし、為に原告組合は殆んどその漁場の管理権を失い、その組合員に平等に漁業を営ませることができなくなり、ひいては組合員の各自漁業を営む権利が全く制限侵害されるに至つた。したがつて本件入落札は原告組合の有する共同漁業権ないしはこれに基く原告組合組合員の右の固有の権利を制限するもので、不法にして無効である。

(三)  更に本件入札は、落札者の落札と相まち、落札者に共同漁業権を期間を定めて有償で貸与する賃貸契約であるから、右入落札は漁業法第三〇条に違反し無効である。

四、而して被告等がその違法無効であることを知りながら又は過失により知らずして、共同で、本件入落札をなし、落札者たる被告松木利吉以下一〇名のみに前記四番川、五番川両漁場で特定漁業を営む権利を行使せしめた結果、原告組合はその共同漁業権を侵害され、組合員が昭和二八年七月六日から同年一二月一五日までの間両漁場で漁撈をなしたならば当然得べかりし利益を喪失し、同額の財産上の損害を蒙つた。その内容は左のとおりである。

(一)  四番川漁場

原告組合及び被告六組合の前記申合せにより漁撈の船を最大八艘に制限しているので、原告組合はその四分の一すなわち二艘出漁し得る。

しからば、

A、いな、つなし、ぼら漁業の漁獲高 三五一、〇〇〇円

船一艘一日当り 一、三〇〇円

右内訳

いな 二貫 貫当最低平均価格 二〇〇円 計 四〇〇円

つなし 〃    〃     三〇〇円 〃 六〇〇円

ぼら 一貫    〃     三〇〇円 〃 三〇〇円

前記期間五カ月と一三日中一カ月最低二五日稼働可能、一三日中一〇日稼働するとして、右期間船二艘の漁獲高は合計三五一、〇〇〇円となる。

B、うなぎ漁業の漁獲高 一三、〇〇〇円

船一艘一日当り 一、三〇〇円

右内訳

うなぎ 一貫 貫当最低平均価格 一、三〇〇円

うなぎ漁業に限り前記期間を通じ最低五日間稼働可能、右期間船二艘の漁獲高は合計一三、〇〇〇円となる。

右A、Bの総計三六四、〇〇〇円から、漁獲の必要費四割(最高見積)一四五、六〇〇円を控除した残額二一八、四〇〇円が漁獲による純利益となる。

(二)  五番川漁場

原告組合及び被告六組合の前記申合せにより漁撈の船を最大一二艘に制限しているので、原告組合はその四分の一すなわち三艘出漁し得る。しからば、

A、いなつなしぼら漁業の漁獲高 五二六、五〇〇円

船一艘一日当り 一、三〇〇円

右内訳

いな 五貫 貫当最低平均価格 二〇〇円 計 一、〇〇〇円

ぼら 一貫    〃     三〇〇円 〃 三〇〇円

前記期間五カ月と一三日中一カ月最低二五日稼働可能一三日中一〇日稼働するとして、右期間船三艘の漁獲高は合計五二六、五〇〇円となる。

B、うなぎ漁業の漁獲高 三九、〇〇〇円

船一艘一日当り 一、三〇〇円

右内訳

うなぎ 一貫 貫当最低平均価格 一、三〇〇円

うなぎ漁業に限り前記期間を通じ最低一〇日間稼働可能右期間船三艘の漁獲高は合計三九、〇〇〇円となる。

右A、Bの総計五六五、五〇〇円から漁獲の必要費四割(最高見積)二二六、二〇〇円を控除した残額三三九、三〇〇円が漁獲による純利益となる。

以上の次第で、原告組合は、被告操陽村組合、同沖田組合、同三蟠組合、同九蟠村組合、同岡崎百一、同岡崎明、同岡崎国夫同藤原多吉、同藤原友春の共同不法行為により金二一八、四〇〇円の、被告津田組合、同沖田組合、同光政村組合同九蟠村組合同松木利吉、同前田強、同藤原勲、同柴田伊平、同秋山八十二の共同不法行為により金三三九、三〇〇円の財産上の損害を蒙つた訳である。

六、よつて被告等に対し右各金員及びこれに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

と述べ、被告等の主張に対する答弁として、

「原告組合が保有する第一種第五種共同漁業権は、直接原告組合に属するものであり、原告組合内部においては『組合員の準総有』的に帰属するところではあるが、これを以ていわゆる共有、合有と目すべきではなく、その管理処分の機能は原告組合において保有し、個個の組合員はたゞ収益権能の分属を受けているものに過ぎない。したがつて右漁業権行使の方法は、権利の帰属主体である組合自ら組合員でない第三者を使用して直接行使する場合も考えられるし、あるいは特定の組合員又は組合員全員をして代行せしめる場合も存する。ところで被告等の本件共同不法行為による侵害の客体すなわち保護さるべき法益はもとより原告組合の個個の組合員の有する各自漁業を営む権利なのであるが、又それは一面において原告組合の保有する漁業権の内容であり、したがつて各組合員に分属されている漁業権の収益権能が侵奪され物権の作用が妨げられたものであるから、それによる財産上の損害は各組合員の漁業を営む権利が侵害された場合におけると同額になる。もとより『漁業を営む権利』は権利そのものであり漁業権の『収益権能』自体は未だ権利の実体を有しないものであつて、両者は法律上明かに区別さるべきではあるが、両者が客観的に発動されたのちの社会的事実、具象の内容は全く同一であり何ら相違するものではないし、漁業法第八条の規定は、元来権利の実体を有しない単なる収益権能に対して、漁民の解放民主化を目途として改正された現行漁業法の当然の措置として漁民の生活の安定従つてその権利保護に資するため、その固有性を明かにし、特に権利性を附与したもので、この規定が存するからといつて個個の組合員が必ず『漁業を営む権利』に基き個別にその侵害による損害の賠償を求めなければならぬ趣旨のものではないから、同規定は、漁業権の収益権能の侵害に対し、原告組合が漁業権侵害に基く損害賠償を請求するにつき何ら妨げとなるものではない。」と述べ、

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実中、一の事実及び二の事実中被告六組合が原告主張日時に漁業入札を執行し、その主張の各被告において落札し、その主張のとおり、原被告組合の組合員が四番川五番川両漁場で特定の漁業を営むことを禁止し、各自己等のみ右漁業を営む権利を得て漁撈をなしたこと、昭和二八年一二月一六日以降原告組合もその主張の如く漁撈をなしたこと並びに四の事実中原告組合の組合員が昭和二八年七月六日から同年一二月一五日までの間その主張の漁撈をなし得なかつたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。本件入落札により落札者たる特定組合員のみに特定漁業を営む権利を顕在的に行使させることは次の理由により適法である。

一、本件共同漁業権は共同免許に係るもので、原告主張の如く関係各組合が個個に免許を受け各個の漁業権が競合しているものではなく、一個の漁業権を原被告組合において共有しているのである。而して漁業法第二三条によれば漁業権は物権とみなされ土地に関する規定が準用されるから、民法の共有に関する規定も当然準用される訳である。ところで入落札を行い、落札者たる特定組合員のみに漁業を営む権利を行使させることは共同漁業権の行使方法に関する事項その管理に関する事項に外ならず、組合有共同漁業権そのものに変更をきたすものではないから、民法第二六四条第二五二条により共有者たる原被告組合の過半数を以て決せられるものである。したがつて本件入落札を行い落札者に漁業を営む権利を行使せしめる旨決したことについては、原告組合のみがこれを承諾していないのであるから、その効果はこのことにより左右されるものではない。

二、本件入落札は漁業法第六七条第一三〇条第四項の規定により、岡山県内水面漁場管理委員会の指示に基き行われたものであるから適法である。本件の組合有共同漁業権は、組合自らが排他的独占的に漁業を営む権利を有するのでなく、組合の構成員たる漁民が一定の漁場を共同利用して漁業を営む権利であつて、組合が漁場につき管理権限をもつものと併合して組合員共同で利用権をもつというものに外ならない。したがつて其組合員が各自平等に漁業をなす権利を有するものであることは漁業法第八条により明かなところであるけれども同条は組合員たる漁民は何人でも原則として平等に漁業をなす権利を潜在的に有しているという趣旨にすぎず、右の権利はその具体的行使方法を組合共同者において決定して始めて顕在的なものとなるのである。ところでこの権利はこれを無視することはできないものであるが、多数の漁民が限られた狭い水面に各種各様の漁獲方法をもつて立入り操業することを放任するのは稚魚の育成、繁殖、保護の見地からして妥当でないから、この権利を顕在的に営むについてある程度の調整をすること、換言すれば漁業調整と管理のため漁獲方法、時期、人員等に一定の制限を加えることは養魚場として生産力の発展上やむを得ざるところである。ここにおいてか本件漁場においても入落札を行い落札者たる特定組合員に顕在的に漁業を営む権利を行使せしめることは従来百有余年の永き慣行になつていたのである。本件漁業共同免許を申請するについても右入落札を行うことの協定の下に出願し、岡山県知事がこの共同免許を与えるについても、岡山県内水面漁場管理委員会にはかりこれを適当と認め、昭和二七年五月免許を与えたのであり、昭和二七年度においては岡山県池田主事立会のうえ入落札を行い、落札者を定め、これに漁業を営む権利を行使せしめたのであるが、昭和二八年度に至り、原告組合は、入落札を行うことを遂に肯んぜず、やむなく被告六組合において前年度にならい、岡山県水産課青木、岩月両技師の指示により本件入落札を行つた次第である(尤もこの特定漁業のうち重要漁業である陸四つ手網漁業については原告組合員が四番川八カ所の内四カ所、五番川一六カ所の内五カ所において操業していた)。よつて本件入落札は漁業法第六七条第一三〇条第四項の規定により岡山県内水面漁場管理委員会の指示に基いて行われた適法なものというべきである。又本来組合員の漁業を営む権利は潜在的(民法上の停止条件付)権利であるから、本件入落札によつて、この権利はいささかも影響を受けないし、これを否定した訳でもないから、これを以て違法な権利行使方法ということはできない。

三、入落札を行いその落札者に落札金を納付させてこれに漁業を営む権利を行使させることを以て漁業権の賃貸借と云うのはあたらない。個人有の定置又は区画漁業権につき右の入落札を行う場合は一般的に漁業法第三〇条に違反するが、組合有の共同漁業権につき右の入落札を行つても一般的に同条に違反するとはいえない。けだし右の入落札により特定の組合員の有する潜在的権利が顕在的権利となる丈で賃貸借契約の締結ではないからである。且又落札金を徴収することは、組合として、稚魚の放流、魚族の繁殖保護、魚族の海外逸出防止等相当管理費用を要し、これに充当してその剰余金は各組合を通じ各組合員に交付せらるるもので、当然のことであり、これを徴収せずして漁場管理はできないところである。

四、原告組合に損害があつたとはいえない。原告組合は被告組合と共同で漁場を管理する権利を有するけれども、水産業協同組合法第一七条所定の場合の外は漁業を営むことはできないから、漁業を営む権利を行使するものは原告組合自体でなくして原告組合の構成員である漁民である。而して漁民の有する漁業を営む権利は他の組合の同意がなければこれを顕在的に行使することはできないのである。したがつて原告組合はおろか原告組合員においても現実に損害を蒙むつたということはできない。

以上の次第で原告の本訴請求はいずれも失当として排斥を免れない。」と述べ、

証拠として原告訴訟代理人は、甲第一ないし第五号証を提出し、証人小川嘉栄二、柴田茂平次、橋本勝治の各証言、原告組合代表者辻荘太郎の供述、及び検証の結果を援用し、乙第一号証、第二号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の各成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べ、

被告等訴訟代理人は、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし七、第四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し証人青木五郎、清水猛、柴田宗太郎、森操、岩月隆の各証言、被告九蟠村組合代表者藤原伊勢男、被告津田組合代表者宮崎十二郎、被告本人岡崎国夫の各供述、及び検証の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告組合、被告六組合がいずれも水産業協同組合法に基き設立された漁業協同組合(以下組合と略称する。)であること、昭和二七年五月一五日岡山県知事から、原告組合、被告操陽村組合、被告沖田組合、被告三蟠組合において岡山県上道郡三蟠村大字江並、操陽村大字倉富の各一部及び沖田村地先(四番川)につき、又原告組合、被告津田組合、被告沖田組合及び被告光政村組合において岡山県上道郡沖田村大字沖元、津田村大字竹田及び光政村地先(五番川)につき、漁業法所定第一種及び第五種の共同漁業免許を受け(免許番号内共第一〇号(四番川)同内共第一一号(五番川))、養魚管理し、その組合員は各関係漁場内で漁業法第八条所定の各自漁業を営む権利を有するもの、被告九蟠村組合共同免許を受けていないが右両漁場の漁業入札漁場管理等につき利害関係をするものであること、原告組合を除く被告六組合において、右両漁場において漁業を営む権利を行使するものを入落札により定むることに決し、昭和二八年七月六日漁業入札を執行した結果、被告岡崎百一、同岡崎明、同岡崎国夫、同藤原多吉、同藤原友春が共同して四番川につき金二五六、〇〇〇円で、被告松木利吉、同藤原勲、同前田強、同柴田伊平、同秋山八十二が共同して五番川につき金三八一、〇〇〇円で各落札し、同日から昭和二九年一月末日までの間、原被告組合の組合員が特定の漁業(中打投網漁業、陸四つ手網漁業、うなぎ延縄漁業、船うなぎジュズつり漁業、しじみ漁業(器具を使用せずして採捕するものを除く。)、こいふな船漬漁業、いなぼらつり漁業)を営むことを禁止し、各自己等のみ右漁業を営む権利を得て漁撈をなしたこと、これがため原告組合員は同日以降同年一二月二六日岡山地方裁判所昭和二八年(ヨ)第一九〇号第二六四号仮処分申請事件の判決に基き漁撈をなすまでの間四番川五番川両漁場で漁撈をなし得なかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

原告組合は右の如く入落札を行い落札者たる特定人にのみ右両漁場において漁業を営む権利を行使させることは違法無効であると主張するので、以下この点について判断する。

一、漁業法第三三条民法第二五一条違反の主張につき

前示当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証(共同漁業免許状)、証人青木五郎、同岩月隆の各証言被告津田組合代表者宮崎十二郎の供述を綜合すると、免許番号内共第一〇号の共同漁業権は原告組合、被告沖田協同組合被告操陽村組合及び被告三蟠組合が共同して申請しその免許を受けたもの、免許番号内共第一一号の共同漁業権は原告組合、被告津田組合、被告沖田組合及び被告光政村組合が共同して申請し、その免許を受けたもので、各関係組合においてそれぞれ共同して一個の共同漁業権を取得し共有しているものであることが認められる。尤も成立に争いのない甲第三号証(岡山地方裁判所昭和二八年(ヨ)第二六四号仮処分申請事件判決書謄本)によると、同裁判所は右事件において原被告組合が本件共同漁業権を有する場合は右各組合がいずれも漁業権を保有する旨判示されていることが明かであるが、右は当裁判所と異なる見解に出たものであつてこれを以て前認定の妨げとなすには足らず、又成立に争いのない甲第四号証(広島高等裁判所岡山支部昭和二九年(ネ)第一号仮処分申請控訴事件判決書写)も前認定にてい触するものではない。而して他に前認定を左右するに足る証拠はない。

ところで漁業法第二二条、第三三条にいわゆる漁業権の変更とは、漁業権の同一性を失わせることなく、漁業種類、漁場の位置及び区域、漁業時期その他当該漁業免許の内容となつた事項を変更することをいうものと解するのを相当とするところ、入落札を行い落札者のみをして共有に属する共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利を行使せしめる旨を決することは単にその共同漁業権の行使方法を決することにすぎず、共同漁業権の変更にはあたらないから、その管理に関する事項として漁業法第二三条第一項民法第二六四条第二五二条により各共有者の持分の価格の過半数を以てこれを決すれば足るべきものである。したがつてこの点に関する原告の主張は採用できない。

二、漁業権侵害の主張につき

次に原告組合を除く被告六組合において本件漁業入札を執行した結果落札者たる被告松木利吉以下一〇名を除くその余の原被告組合の組合員が四番川五番川両漁場で漁撈をなし得なかつたことは前示のとおりである。

そこで本件入落札の結果、原告組合の有する共同漁業権ないしその組合員の有する漁業法第八条所定の権利が違法に制限侵害されたかどうかの点について判断する。

成立に争いのない甲第五号証、同乙第一号証、同乙第二号証の二、証人森操の証言、被告津田組合、代表者宮崎十二郎の供述に弁論の全趣旨を綜合して真正に成立したと認める乙第三号証の一ないし七、証人小川嘉栄二、青木五郎、森操、岩月隆の各証言、被告九蟠村組合代表者藤原伊勢男、被告津田組合代表者宮崎十二郎の各供述を綜合すると、

本件四番川、五番川を含む児島湾沿岸のいわゆる番川は、もと徳川時代に河川の氾濫防止調整の目的で設置されたもので、その後次第に沿岸に人が居住するに伴い、これら住民が番川において漁業を営むようになつたが、魚族の育成保護を等閑にし濫獲したところから、入落札を行い漁業者の数を制限し、同時に徴収した落札金(漁業権行使料)を以て番川の設備整備、魚族の育成保護の費用等に充てる慣行を生ずるに至つたこと、その後明治三四年四月法律第三四号漁業法(旧々漁業法)、明治四三年四月法律第五八号漁業法改正法律(旧漁業法)が施行されたのちも、関係村、漁業組合ないし漁業協同組合間において組合有四番川五番川漁業専用漁業権等の行使は入札を以てこれを定める旨を約し、右契約の条項に基き、両漁場における漁業については入落札を行い落札者をしてこれを営ましめてきたこと、昭和二四年一二月法律第二六七号漁業法(新漁業法)の施行に伴い、原被告組合から四番川五番川共同漁業免許を申請するにあたり、原被告組合代書者が新漁業権の行使方法につき協議した結果、従来どおりの方法でこれを行使することに決したうえ、本件共同漁業免許申請をし、これに対し岡山県知事においては、現地調査、公聴会等所定の手続を経たうえ、岡山県内水面漁場管理委員会からの四番川五番川の共同漁業権の行使方法については入札以外に適当な方法がないのでこれを認める旨の意見を聞き本件共同漁業免許をなしたこと、昭和二十七年度においては原被告組合合意のうえ、入落札を行い落札者のみに両漁場で漁業を営む権利を行使させたが、昭和二八年度に至り、原告組合が右入落札を行うことに同意しなかつたため、やむなく被告六組合において同年度も従来の慣行にならい入落札を行うことに決し、本件入落札を執行したこと、本件入落札は鰡川入札規程(甲第五号証)に基き行われたものであるが、右規程によれば、入札資格は原被告組合組合員に限る。入札保証金は四番川五番川いずれも三〇、〇〇〇円とする。落札は最高価額のものを以て落札者とすること、その他必要事項が定められてあるのであつて、本件入落札について、原告組合の組合員も他の組合員と同等に入札資格を保有し、入札保証金を納付して最高価で落札するときは四番川五番川両漁場で漁業を営む権利を行使し得べき機会を与えられていたことがそれぞれ認められる。右認定に反する原告組合代表者辻荘太郎の供述は前記各証拠にてらしてたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、漁業法第八条所定の権利は、一定の漁場における漁業による利益にして沿岸地区の多数漁民の共同利用に適当するものを関係多数漁民の共同利用のためこれを地元漁業協同組合に管理せしめ、且つ他の者による侵害よりこれを保護し、以て漁場の総合的利用、漁業の生産力の発展を図ることを目的として設けられた組合有共同漁業権の制度に対応し組合員にその総意により定めた共同漁業権の行使方法にしたがい当該漁場を平等に利用し、漁業を営む権能を付与するものであること、しかしその反面多数漁民が限られた狭い水面に各種各様の漁獲方法を以て立入り操業することは水産動植物の繁殖保護、漁業の生産力の発展の見地からして妥当でないから、漁業の方法、時期、漁業者の数等を制限しなければならず、したがつて、当該組合の定款を以て定める場合のほか、内水面漁場管理委員会が漁業法第一三〇条第六七条の規定にしたがい、水産動植物の繁殖保護を図りその他漁業調整のために必要があると認めるときに、水産動植物の採捕の制限又は禁止、漁業者の数に関する制限、漁場の使用に関する制限、その他必要な指示をする場合のその指示、本件におけるが如き共有に属する共同漁業権にあつて共有者が民法第二五二条の規定によりその行使方法を定めた場合のその定め、によつても亦制限され(本件入落札を行う旨決することが本件共同漁業権の行使方法に関するものであることは前認定のとおりである。)、各組合員はその範囲内においてのみこの権利を行使しうるもので、この結果一部の者がその権利を行使し得なくなる場合も生ずること、漁業法第一二七条により内水面において水産動植物の増殖をするに適したものにのみ免許の与えられる内水面における第五種共同漁業においては一層この制限の必要性が大であることを彼此勘案するならば組合員の実質的平等をそこなわず、その有する漁業法第八条所定の権利を不当に否定し排除しない制限の如きは、同条の趣旨にてらしても適法有効であると解するのを相当とする。尤も漁場の民主化、働く漁民への漁場の解放を企図する新漁業法の趣意からすれば漁業を営む権利を行使するものを入落札により決することは、組合員の貧富の差が権利行使の機会が得られるかどうかの点に影響を及ぼすことも考えられ、必ずしも最善のものとはいい得ないけれども、漁業協同組合からの組合員に対する金員の貸付、あるいは組合員数名が共同して入札に参加する等の方法もあるので、このことの故をもつて直ちに組合員の実質的平等をそこなうと断ずることはできない。

してみると、本件入落札の結果原告組合の有する共同漁業権ないしこれに基き原告組合組合員の有する漁業法第八条所定の権利が違法に制限侵害されたとは認められないから、この点に関する原告の主張も採用できない。

三、漁業法第三〇条違反の主張につき

漁業法第三〇条において「漁業権は貸付の目的となることができない。」と規定した所以のものは、同法第一四条ないし第二〇条において免許の適格性及び免許の優先順位を定め、漁場の総合的利用、漁業生産力の発展、漁場の民主化に最も適するものに漁業権を取得せしめ、その漁業を営む利益を保護しようとしたところから、この趣旨に反する漁業権の第三者への貸付を禁じ、自ら経営すべきものとするところにあると解するのを相当とするから、本件の如く共同漁業権行使の一方法として本件入落札を行い落札者たる組合員をして特定漁業を営む権利を行使させることは何ら右規定の趣旨に反するものではなく、又当該組合員は自己の有する漁業法第八条所定の権利の行使として漁業を営むものであるから、たとえ落札者から落札金(漁業権行使料)を徴収しても、これを以て本件共同漁業権を貸付の目的としたものということはできない。よつてこの点に関する原告の主張も亦採用できない。

以上本件入落札を行い落札者たる特定組合員のみに四番川五番川漁場で漁業を営む権利を行使させることを違法とする原告の主張はいずれも理由がなく、他に違法事由の主張立証もないから、右を以て原告組合ないしその組合員に対する不法行為であると認められることはできない。

してみると、原告組合の本訴請求は他の争点につき判断するまでもなくこの点において既に失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池田章 緒方節郎 山口繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例